吉野・大峯
世界遺産の【紀伊山地の霊場と参詣道】の一部として登録されている吉野・大峯ですが、どんなところでしょうか。かつては中国にまで名前の知れた有名な霊山でした。修験道の生地でもあり、北を「吉野」、南を「大峯」と呼んでいます。
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霊場 吉野・大峯
吉野は修験が盛んになることによって、開祖といわれている役行者(えんのぎょうじゃ)のゆかりの地として重要なものとして注目されました。大峯は、吉野と熊野三山をつなぐ大峯山脈の呼び方で、修験道において、山にこもって苦行の末に踏破することを「峰入」や「奥駆」と呼ばれて重視しました。大峯は奥駆の場所でもあり、日本中から修験者が集まり、全国に「吉野・大峯」をモデルにして山岳霊場が形作られていきました。役行者が開山して1300年のこの「吉野・大峯」にも見所はたくさんあります。
吉野山
開山以来、変わらない信仰の礎として崇敬される、修験道の聖地です。春に咲く桜が有名で、歴史の中で、数多くの和歌に詠われた山です。
大峯奥駆道
この道は、奥駆と呼ばれる修行が1000年以上の長い間行われている道です。吉野山を出発点として、熊野までの間の、標高2000メートルに手が届きそうな高い山々を歩き続けるという、最も厳しい修行を行う道として有名です。大昔からの原生林の残る場所です。修験者達の修行は、何日もの間、谷を渡ったり、崖を登ったり、ひたすら歩き続けるなどの修行を朝早くから夜遅くまで行うのです。
金峰山寺(きんぶせんじ)
国宝に指定されているこの寺は、檜皮葺きの大きな屋根を持ち、東大寺に次ぐ巨大なもので、日本でも指折りの山門です。この寺院では、一般の人を対象に、5月から10月の間の毎月一回、大峯修行体験を行っています。女性が参加できるのは9月と10月のみですが、金峯山寺の大峯百日回峰修行者が一緒に同行して、大天井ケ岳で修行を行います。ぜひ修験道を経験してみませんか?
吉水神社
豊臣秀吉の花見のときに、本陣になった神社で、重要文化財に指定されています。日本でも初期の頃の書院建築で、南朝時代の様々な古文書なども保管されています。きれいに整備されていて、すがすがしい感じがする場所です。
吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)
主神が、天之水分(あめのみくまり)という水の分配を司る大神で、一続きとなった主殿と二殿が美しい本殿です。子宝・安産の神として崇められています。
金峯神社(きんぶじんじゃ)
古代の金を筆頭に、鉱物に対する信仰をもとにする神社で、水分神社とともに、吉野が信仰の対象となる山になったきっかけにもなりました。吉野山の総地主神である、金山彦命を祀っています。
金峯山寺
修験道の中でも中心の寺院です。霊場としても、吉野の中心伽藍としても人々の信仰を集めました。桜を本尊に供える「花供懺法会」が毎年行われていて、人間の罪を懺悔するもので、盛大な行事です。
同鳥居
鋳銅の鳥居で、山上ヶ岳の山上権現銅に向かう際の一番初めの門で、修験者が修行に向かうときに、その意志と決意を固めるための重要な門とされてきました。
玉置神社
樹齢3000年と言われる神代杉をはじめ、巨杉群に囲まれた神社で、修験道の道場として栄えた神社です。主祭神は、熊野本宮大社と共通しています。
吉野山の自然
吉野山の自然はとても美しく、聖なる地であることが満喫できます。オオヤマレンゲ自生地では、白く可憐な花が咲き、私たちの目を楽しませてくれます。仏経ヶ岳原生林では、紀伊の山々を代表する常緑針葉樹である、シラビソの自然林を見ることができます。緑が目にしみるというのはこのことでしょうか。空気が澄んでいるので何もかもがきれいに見えます。
靡(なびき)
修験道での奥駆の工程中にある場所で、足元もおぼつかない場所を修験者は一生懸命に登り、渡ります。現在は75ヶ所に整理されていますが、以前は120ヶ所あったようです。厳しい修行の後に得られるものとは、一体どんなものなのでしょうか。
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