それゆけ!石油探検隊

不正軽油・硫酸ピッチ

ここ数年の間で、「不正軽油」が報道されなかった年はないほどに不正軽油が注目されています。
未だ続く原油価格の高騰によって、格安の石油燃料はのどから手が出るほどに欲しいものです。
しかし、目先の利益のために私たちが長期にわたって何を失うことになるかも考える必要があります。 ここでは、不正軽油に関する問題を取り上げていきます。

不正軽油は何が良くないのか

不正軽油は何が良くないのか

不正軽油は、通常の軽油と違いA重油や灯油を軽油と混合して製造されたものです。そのため、軽油のように使えるものの軽油そのものよりも性質が悪くなっています。

不正軽油は正規の軽油よりも安く販売されていることが多く、不正軽油を利用することに対して違和感を抱かない消費者も少なくないようです。しかし、不正軽油に関わることはこのようなマイナス面を発生させているのです。

軽油取引税の脱税

まず、不正軽油を扱うことで業者はどのようなメリットを得られるのでしょうか。それには軽油に掛かる税金について知らなくてはなりません。
軽油やガソリンには税金が掛けられています。ガソリンに掛かるガソリン税は国税、軽油に掛かる軽油取引税は地方税という違いがあるものの、「道路の維持」に使用される道路特定財源の大きな収入源となっています。道路特定財源の是非はともかく、ガソリン税や軽油取引税は舗装された道路を快適に走るための必要経費であると考えることが出来ます。
不正軽油は、軽油と軽油以外の石油製品から製造されるため、水増しされた分には軽油取引税は課税されていません。そして、「軽油」として販売された後は軽油取引税をまるごと取り扱い業者の利益として懐に収めることが出来るのです。これはれっきとした脱税なのです。不正軽油を扱うことで業者は1リットル当たり32.1円の軽油取引税を脱税できてしまうのです。

ディーゼルエンジンの損傷

自動車の動力機関の大半を占めるガソリンエンジンは、気化したガソリンをエンジン内で燃焼することで動いています。一方軽油を使用するディーゼルエンジンは、軽油を空気と混合しながらエンジン内に吹き付けて燃焼させる構造になっています。そのため、軽油に性質が近いA重油や灯油でも動かすことは理論上では可能なのです。

不正軽油は、このディーゼルエンジンの性質を悪用しているのです。しかし、ディーゼルエンジンは軽油を使うことを前提とした設計をしているので、不純物が混じっている不正軽油を使用続けるとディーゼルエンジン内にダメージが蓄積していくことになるのです。不正軽油は安くても、使い続ければ愛車の廃車時期を早めることになるのです。

排気ガス内の汚染物質の増大

近年は軽油を脱硫処理することで硫黄酸化物の発生を抑制したり、ディーゼルエンジンを改良して窒素酸化物を減らしたりするなどの、大気汚染対策が自動車業界単位で進められています。しかし、不正軽油はA重油などの業界の規制に沿わない燃料を混合しているため、硫黄・窒素だけでなくタールも含んでいます。
そのため、不正軽油を使用している車は、軽油を使用している車に比べても汚染物質が多く含まれている排気ガスを排出しています。最近はディーゼル自動車の排気ガスによる大気汚染の規制条例の制定などで注目されているだけに、不正軽油の使用は最大の問題となっていると言っても良いでしょう。

硫酸ピッチの発生

もちろん、行政はこれまでに何も行ってこなかったわけではありません。不正軽油の原料となるA重油や灯油に識別用のクマリンという物質を添加することを石油会社に義務付けていました。
不正軽油製造業者は、このクマリンを取り除く処理を行うことで検査を逃れる方法を考案しましたが、その方法にはある副産物が発生するという欠点がありました。その副生物が硫酸ピッチなのです。
クマリンは酸や苛性ソーダで分解され、石油から除去することが出来るのですが、硫酸をクマリンの除去に使うと不正軽油に含まれていたタール分などと一緒に分離され、硫酸ピッチが生成されてしますのです。この硫酸ピッチは環境破壊の原因物質になるのです。

硫酸ピッチの影響とは

硫酸ピッチの影響とは

では、硫酸ピッチは環境や人体にどのような影響を与えるのでしょうか。


硫酸ピッチは強酸性

「白河の清き流れに魚住まず 田沼の水の水ぞ恋しき」という狂歌があります。この歌には「綺麗過ぎる水では魚は生きられない、少しぐらい汚れているほうが魚にとっては住みやすい」という意味と、田沼意次の跡を受けて民衆生活を厳しく取り締まった白河公・水野忠邦を風刺する意味が込められています。

つまり、水というものは綺麗過ぎても汚すぎても生態系や環境には良くないのです。硫酸ピッチは強い酸性を持っていて、生活用水や農業用水、河川に流れ込むとその高い酸性によって水辺の生態系を大きく破壊してしまうのです。まさに「酸性の強き流れに魚住まず」です。

硫酸ピッチによる土壌汚染

また、硫酸ピッチが染み込んだ土は強い酸性を示します。土が強いアルカリ性を示すと砂漠化が進行してしまいますが、強い酸性の土では植物も上手く育たなくなるのです。
そして、土壌汚染の影響は地下水にも浸透します。生活用水として地下水を汲み上げている場所では、農作物や人体への影響も大きくなってしまうのです。

硫酸ピッチから発生するガス

また、硫酸ピッチはドラム缶などの容器に入れてしまえば安定すると言う性質があるわけではありません。その強酸性によってドラム缶を腐食させて外部に流出してしまうのです。流出した硫酸ピッチは水に反応して、亜硫酸ガスを発生させます。
亜硫酸ガスは酸性雨の原因となるだけでなく、気体の状態で人体に吸収されると目や気管に影響を及ぼします。最悪の場合、失明や呼吸困難などを引き起こしてしまうのです。

硫酸ピッチが環境破壊の原因となる理由

では、なぜ硫酸ピッチはこのような環境破壊や人体への悪影響を引き起こすのでしょうか。それは、不正軽油を製造する業者が硫酸ピッチを処理することなく不法投棄を行っているからなのです。不正軽油製造業者が利益を上げるためには、軽油とA重油・灯油の原価+クマリン除去のための硫酸の原価が不正軽油の価格よりも下回っていなければなりません。

そして、硫酸ピッチの処理価格はドラム缶一本200リットル当たり10万円台が相場です。この処理コストを正当に支払った上で不正軽油を販売するとなると、正規軽油よりも高くつくことになるのは明らかです。それに硫酸ピッチを大量に処理すると行政側に不正軽油の製造がバレてしまいます。
つまり、不正軽油の製造と硫酸ピッチの不法投棄はセットにならざるを得ないのです。そして硫酸ピッチは都市部から離れた土地に投棄される為、環境破壊が進んでしまうのです。

硫酸ピッチが発見された後は

不法投棄された硫酸ピッチが行政・司法側に発見された後は、不正軽油の製造業者や運搬業者などに代わって税金で硫酸ピッチ処理の行政代執行が行われます。しかし、税金で処理できる量には限りがあるので、現在は製造業者などから処理料金を取り立てる方向で行われています。
場合によっては製造業者に土地を貸していた地主からも処理料金を取り立てることがあるため、地主が騙されていた場合などは被害者である地主が処理料金を払わされることになるなどの問題が生まれてしまうのです。

不正軽油・硫酸ピッチを発見したら

不正軽油・硫酸ピッチを発見したら

では、「不正軽油としか思えない軽油を販売している業者を見つけた」「山奥で不審なドラム缶を発見した。もしかしたら硫酸ピッチかも」と言う場合には、どうすればよいのでしょうか?


各自治体・警察・税務署に連絡する

まず、不正軽油の販売や製造所を発見しても映画のように「自分でなんとかしよう」と考えないでください。不正軽油の製造や販売には、何らかの背景を持った団体が絡んでいることがほとんどなのです。
あなたがスティーブン・セガールでもない限り、不正軽油業者を単身で壊滅させることは不可能なのです。自治体では、共同で「不正軽油包囲網」を形成して不正軽油の販売や製造の取り締まりを主導しています。
警察に連絡しておくとなお万全でしょう。また、不正軽油を製造・販売しているということは軽油取引税を脱税していることとイコールなので、税務署に連絡しておくのも忘れないようにしたいものです。

不法投棄された硫酸ピッチを発見した場合

硫酸ピッチは前述の通り、有害な物質です。不用意に近づけば亜硫酸ガスや酸の影響を受けて健康を害する恐れがあります。硫酸ピッチを発見した場合も自治体や警察に連絡するようにしましょう。連絡の際は、現場から遠ざかった上で周囲の状況や投棄場所の目印なども合わせて知らせるようにします。

不正軽油を利用していた場合の罰則

自分の行きつけのガソリンスタンドや、自分の勤めている会社が不正軽油を利用していた場合どのような罰則があるのでしょうか。2006年に地方税法の改定で、不正軽油に関わった全ての者を処罰することが出来るようになりました。もちろん、不正軽油の購入者も含まれます。

ただし、法学的な解釈では「不正軽油と知らなかったまま使っていた」人を処罰することは出来ません。あくまでも「不正軽油であることを知りながら故意に使用していた」人のみが罰せられるのです。不正軽油と知りながら購入した者には「2年以下の懲役・200万円以下の罰金」、会社などの法人では「一億円以下の罰金」が科せられることになります。
いくら不正軽油が安くても、安易に手を出せばそれ以上の対価を支払わなければならなくなるのです。