石油の用途として需要が大きいのは、燃料としての用途があります。
石油製品を燃料としているものには自動車や飛行機などがありますが、トラクターやコンバインなどの農耕用器機や漁船などの食品産業に関わる機械類も含まれて居ます。
つまり、食品が私たちの元に届けられるためには石油は不可欠な存在といえます。その一方で、石油を原料にした食料を開発する方法もまた研究されていたのです。
石油化学で食品を作る!?
未来に必ず起こりうる問題として知られているのは、「石油資源の枯渇」や「地球環境の破壊」などがありますが、「人口の増大」も発生すると考えられています。
人口の増大の原因となるのは、現代の開発途上国が先進国になることで医療水準が上がり出生率や幼児の生存率が高まることなどがありますが、人口が増大することによって連鎖的に発生するのが「食糧危機」なのです。
人口の増大による食糧危機
現代の日本は少子化傾向にあるため、「500年後には日本の人口は1000分の1にまで減少する」といわれていますが、それは「現代の基準のまま推移した場合」の結果なのでそうなる可能性は極めて低いです。このような、「将来的に大変なことになるから、今なんとかしなければならない」という結果を導くのは統計の常套手段ともいえますが、人口の増大は確実に起こりうる現象といえます。
医療技術の発達は、生存率を向上させることそのものに直結しているので、今後の人口が増えていくのは確実なことなのです。そして、人を養い育てるには絶対に食糧は不可欠な要素です。そして、食糧は無尽蔵にあるわけではなく地球上の動物資源・植物資源の総量以上に生産することは出来ないのです。
食糧危機の解決策
食糧危機が発生する可能性が高まるにつれ、様々な形での解決策が模索されてきました。たとえば、寒冷地でも熱帯地でも収穫できる作物の開発、大型魚の養殖、収穫量が多くなる品種改良、砂漠化した土地を農耕地に戻すための土壌改良技術など、動物・植物資源の保護や改善などによる方法などが実行されてきましたが、そんな中で「石油から食品を作れないか?」というアイデアが生まれたのです。
石油でたんぱく質を作る?
石油の成分は、炭素と水素が結びついた炭化水素と窒素と酸素と硫黄に集約されます。一方、動物の肉を作り出しているたんぱく質は炭素と水素と酸素と窒素から作り出されています。
つまり、何らかの合成を行えば石油からたんぱく質を作り出すことは不可能ではないのです。しかし、実際には元素を模型のように好き勝手に組み合わせることは出来ません。そこで登場するのが、微生物なのです。
微生物に支えられる食品産業
私たちが普段食べている食品は、微生物の力を借りて生み出されているものが多数あります。納豆や味噌などは微生物の力で発酵させることで作られていますし、パンは酵母の力でふっくらとした食感になります。
漬物も乳酸菌の力で作られているし、毒があるフグの卵巣も糠漬けにして乳酸菌で長期発酵を行えば無害化されて食用にできるのです。
微生物は種類も多く、それぞれに違った能力を持っています。「そういった微生物の中から、石油を食べて体を作っているものを探し出せば石油を食品に出来る」というアイデアが突破口となったのです。
石油と微生物を使った石油たんぱく
1960年代に、石油を食べる微生物(石油酵母)に石油の副産物であるノルマルパラフィンを食べさせて増殖させ、石油酵母を食用資源にするという研究が進められました。酵母は90%以上がたんぱく質から構成されているので、石油を大量のたんぱく質に変換できるという寸法です。
石油たんぱくの研究は世界で行われ、日本でも鯉の食用餌としての開発が行われていたのです。しかし、「石油由来の発がん性物質が残るのではないか」「石油たんぱくと言う名前が石油を食べさせられるように感じる」といった反発があり、日本では石油たんぱくを食用には出来なくなったのです。
石油たんぱくと酵母を利用した食品
しかし、石油たんぱくが完全になくなったというわけではありません。日本では食用に出来ないだけで、海外では動物飼料や人間用に生産されているのです。ただ、石油資源の無駄遣いになるため現代ではあまり生産されていないようです。
また、石油たんぱくを生産するための手法はブドウ糖で養える酵母にも応用され、酵母食品などの生産に活用されています。
うま味も石油化学で作り出せる!?
毎日の食生活は「身体と健康を維持するため」に大事な活動であるといえます。しかし、私たち人間の場合、さらに「美味しいものを食べたい」という欲求が加わります。
人類の食文化はもっと美味しいものを食べるために進歩してきたという一面を持っています。食文化の根源的な原動力である「美味しさ」を支えているのが、「うま味」なのです。
うま味を発見・調味料に
かつて、味というものは甘み・塩味・酸味・苦味・辛味の「五味」で考えられてきました。この五味の中で料理の味を決めると考えられていたのが塩味と酸味で、塩と酸味を与える梅の使い方が良いことを「良い塩梅」と呼んでいました。
そして、1908年に日本人の池田菊苗博士が昆布の出汁から「うま味」の元であるグルタミン酸ナトリウムを発見したのです。この発見を受けて、グルタミン酸ナトリウムを工業的に量産したのがうま味調味料の「味の素」なのです。
味の素の材料の変遷に石油!?
「味の素」の初期の製造工程は、小麦粉などを工業的に分解してグルタミン酸ナトリウムを生産する方法でした。しかし、この手法では生産できる量が少ないため新しい生産方法が常に模索されていたのです。そして、新しい手法として発案されたのが石油由来のアクリロニトリルを使った方法だったのです。
しかし、この手法は国会でも問題視されたこともあり完全に手を引いています。現在では、1960年代に発見されたグルタミン酸を合成する微生物にサトウキビから採取した糖蜜を与えて合成させる手法が使われています。
石油を使った理由とは
アクリロニトリル問題が国会で取り上げられた頃には、うま味調味料を販売していた企業は味の素株式会社以外にも数十社存在していましたが、このアクリロニトリルから合成する手法を使用していたのは味の素株式会社ただ一社でした。なぜ、アクリロニトリルを使用して生産しなければならなかったのでしょうか?
「味の素」をはじめとするうま味調味料を商業ベースに乗せたのは味の素株式会社です。つまり、業界の第一人者です。その自負と誇りが、従来の生産量の少ないたんぱく質分解法ではなく最先端で生産量を増やせるアクリロニトリル法を選ばせたのではないでしょうか。
しかし、皮肉なことにアクリロニトリル法以降の主流となった微生物による合成法を開発したのは味の素株式会社ではなく、後発の協和醗酵だったのです。
石油化学の食品分野への応用は今後もありうるか?
これらの食品分野での石油化学の応用は、1960年代に集中した事例です。現代では石油に含まれる有害物質の存在や、石油資源の有限性などが知られているため食品分野で石油化学が使われることはほとんど無いといえます。
それは石油化学以上に、微生物学のほうが重要視されているからです。微生物は天然自然に生息している存在で、有益なものはそれこそ星の数ほどに存在しています。未だに知られていない食料生産に大きく貢献する微生物もまだまだ発見されるかもしれません。石油が果たしてきた役割は、現代においては微生物が担っているのです。