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かつて、テレビが「ゲテモノ」と呼ばれていた時代がありました。その頃の映像娯楽の頂点に立っていたのは映画だったからです。市川雷蔵・嵐寛寿郎・片岡千恵蔵・長谷川一夫…と書き出せばキリがないほどに、名俳優を輩出し名作と呼ばれる映画を次々に生み出してきたからです。そんな映画の権利を守る知的財産権が頒布権なのです。

頒布権を知る

頒布権は、著作財産権において専属的に「映画の著作物」を保護する為の権利となっています。頒布権は、「映画の著作物」の製作者・制作会社が映画のフィルムのコピー、コピーしたフィルムの譲渡・貸与を独占的に行うための権利となっています。

頒布権の強さ

頒布権の強さ

では、なぜ「映画の著作物」だけが特例的に頒布権で保護されているのでしょうか? それは、映画という媒体の特性にあります。映画は書籍やレコードと違って大量生産されない事情があります。映画は、基本的に「映画館でしか見ることが出来ない」ものです。つまり、映画を見る為には見たい映画のフィルムがある映画館に行かなければなりません。そして「映画のフィルム」こそが、頒布権の鍵となるのです。

媒体の絶対数が制限される映画

映画館は映画会社から購入した、または貸与された映画のフィルムを使って興行を行います。この時用意された映画のフィルムの数は映画会社の系列映画館の総数+αになります。つまり、映画のフィルムとは元々大量に複製される性質を持っていないのです。フィルムを必要とする映画館に行き渡るだけの数を用意すればいいのです。つまり、上映期間中の映画は映画館以外の媒体で見ること、そのための複製を行うことをまったく考えていないのです。その為、映画の著作物は一度や二度の譲渡・貸与では消えない強い権利を備えているのです。

頒布権の強さは映画の性質に従う

つまり、「上映期間中は映画館でしか見られない」という独自の希少性を損なってはならないのです。また、映画は半年から一年、長くて数年という長期スケジュールと台人数のスタッフとキャストで製作されるプロジェクトの産物です。映画は、興行の中で制作費と利益を稼ぎ出さなければならない為、映画会社は多大な負担を負っています。こうした事情を鑑みて頒布権は強力な権利として設定されているのです。

頒布権の強さは現代にそぐうものなのか

しかし、映画が「娯楽の王様」でテレビが「ゲテモノ」とされていた時代は瞬く間に過ぎ去り、時代の変遷とテレビの普及でテレビが大衆娯楽の王様として君臨するに至りました。日本映画の斜陽には幾つもの原因が指摘されていますが、映画が気軽な娯楽足りえなくなったことが大きいのではないでしょうか。それはさておき、映画が娯楽の王様だった時代を経た現代においても、「映画の著作物」に対する頒布権の強さは適切なものなのでしょうか?

頒布権の重要性の再確認

頒布権の重要性の再確認

パソコンの世界には「ムーアの法則」という法則があります。「パソコンのCPU(中央演算処理装置)の性能は18ヵ月ごとに倍増する」という内容なのですが、この法則は特に1990年代中盤から2000年代前半に掛けてその真価を発揮していきました。ムーアの法則に従ったパソコンの性能向上は、それまでに無かった新しい著作権問題を生み出していきました。その一つが映画の海賊版DVDです。デジタルビデオカメラを映画館に持ち込み、スクリーンを直接撮影したものをパソコンに移し、DVDに記録させたものを路上などで売るというこの海賊版DVDは、頒布権を再確認するきっかけともなったのです。この海賊版DVDは、物によっては上映中の映画や日本ではまだ上映されていない映画が扱われているのです。映画会社は、洋画の上映権を海外から買い取る形で日本上映しています。つまり海賊版DVDは、映画会社の利益を逸失しているのです。頒布権は、現代でも映画を守るために活躍しなければならないのです。

頒布権のもう一つの役目

このように、頒布権は映画を保護する為の権利としてその役割を果たしてきたのですが、もう一つの役割を担っています。それが「テレビゲームの保護」です。

それはパックマンから始まった

1981年に始まった通称「パックマン裁判」は、ナムコが製作した「パックマン」を無断でコピーした商品を流通させていた業者を相手取って行われたものでした。この裁判の中で、「テレビゲームは映画の著作物である」という見解が示され、複製製造を行った業者は上映権侵害で敗訴する結果に終わりました。つまり、ゲームソフトは通常の著作物ではなく「映画の著作物」であるとした時、酷似した画面が表示されるように製作するのは上映権を侵害する、という論理でゲームの海賊版を市場から排除できるという判例なのです。

中古ゲームは是か非か

1998年、複数のゲーム会社が中古ゲーム販売業者を相手取ってゲームソフトの中古販売を差し止める訴訟を起こしました。この時、ゲーム会社が唱えたのは「映画の著作物」に対して与えられる頒布権でした。頒布権には、前述の通り「譲渡・貸与では消尽されない性質」があり、「ゲームの中古販売はゲーム会社の頒布権を侵害する」という主旨で裁判が進行していきました。この裁判は東京・大阪の業者を相手に行われたので同趣旨の裁判が平行に進行し、マスメディアの関心を惹いたのでした。

ゲームは映画の著作物なのか
ゲームは映画の著作物なのか

この裁判は大阪地裁では販売業者が敗訴、東京地裁では販売業者が勝訴という真逆の判決が下されたことから大阪の販売業者が大阪高裁に告訴し、中古ゲームを巡る論議の行方が託されることとなりました。そして2002年4月、大阪高裁が下した判決はゲーム会社側の上告を棄却という、販売業者の事実上勝訴でした。この判決では「ゲームソフトが映画の著作物ならば頒布権があるが、ゲームソフトが適正に販売された時点でゲームソフトの頒布権は消尽されている」と見なしたのです。

ゲームと映画の違い

この裁判で、焦点となったのが「頒布権」です。映画は前述のように映画会社から映画館にフィルムを譲渡・貸与する「配給制度」が採られている為、消尽しない頒布権を設定せざるを得ません。これに対してゲームは通常の市場原則で流通する商品です。ゲームソフトが映画並みの強い頒布権を持たせるには、映画と同じ配給制度を採らなければならないのではないでしょうか。それに、「ゲームは映画」と言っていた某社が本当に映画に進出して大赤字を記録するという結果を残したことを鑑みても、「消費者はゲームと映画に対して求めているものが違う」と言うことを根底で理解していないゲーム会社の傲慢さが見え隠れする判例ともいえます。

著作権におけるこれからのゲームの取り扱い

パックマン裁判の頃はゲームを保護できる権利は頒布権しかなかったのですが、裁判後の1985年に「プログラムの著作物」という分類が生まれました。これにより、ゲームも著作権によって保護することが出来るようになりました。しかし、中古ゲーム裁判の際に「映画の著作物」として争ったことを考えれば、ゲーム会社としては、ゲームは映画の著作物としたほうが、都合が良いのかもしれません。