石油がエネルギー資源の主流となった理由は、産業革命以降の技術発展を支えられるだけのパワーを持っていたことに集約されます。
石炭がエネルギー資源の主流になったのは、蒸気機関の普及によるバイオマスエネルギー資源である木材の過剰伐採が原因と言われています。
つまり、人類は本質的にエネルギー資源を無駄遣いするのが好きなのです。この資質が後々の問題を積み上げていくことになるのです。
何を子孫に残すか
西郷隆盛は「子孫に美田を残さず」と言ったと伝えられています。この言葉には「財産を残しすぎると子孫が財産を取り合ったり、怠けて働かなくなったりするので残しすぎるな」という教訓が含まれているのですが、近代においては「子孫に畑も森も山も残さなくてよい」という意味に取られていた節があります。
そのような考え方が明治から平成までの間に起きた日本の公害事例の背景にあったのではないでしょうか。しかし、何事にも限度があります。子孫の代までに回復しきれるだけの環境破壊ならばまだ対応できますが、何十世代も重ねなければ好転できないような環境破壊を行ってしまったら、美田も何もないのです。
石油を上手に使うことの重要性
人間はエネルギー資源の無駄遣いが好きだ、というのは決して暴論ではなく誰もが思い当たるところのある事実です。私たちは電気をつけっぱなしで外出したことに気づいたとき、「長期間留守にする外出でなくてよかった」とか「エアコンじゃなくてよかった」と言った、反省ではなく自分への慰めが先に来ます。
この慰めが曲者なのです。反省しなければ、人は学習できません。何が間違っていたか、何をすべきだったかを自分で考えなければプラスにはならないのです。失敗に対して自分を慰めるのは。プラスでもマイナスでもありません。ゼロです。
人は貪欲なもので、プラスを重ねれば重ねるほどプラスを積み重ねたくなり、マイナスを重ねればプラスに戻したいという思いが強くなります。しかし、プラスもマイナスもない状態では「そのままでいい」と感じてプラスにもマイナスにもならない行動だけに終始するようになるのです。
これは、石油資源の使い道にも通じます。石油資源のことを話題にすると、「石油は便利だからもっと使えるようにしたい」「石油が減ってきているから、もっと長く使えるようにしたい」という考えと「別にすぐ無くなるってわけじゃないからこのままでいいよ」という考えが出てきます。差し迫った問題でなければ現状維持のままでよい、と言うのはゼロの考え方なのです。
石油に関する問題はゼロの考え方の産物だ
そして、現代における石油の問題のほとんどは、ゼロの考え方をする先人が先送りにしてきたものなのです。
現状維持で重要な問題を先送りする人の考え方は「未来になれば技術が進んで解決できるようになっているはず」という理屈に支えられています。
そうやって、子孫に美田ではなく厄介ごとを残していくことで自分たちがやるべきことから逃避していったのが、現代の私たちが背負っている問題の本質なのです。