エジソン 発明 電球
エジソンと発明

エジソンの発明に迫る!

エジソンが「発明王」と呼ばれるようになったのは、いったい
何故なのでしょうか? 生涯に作り出した発明品の総数からでしょうか?
それとも、電気を普及させたからでしょうか?
発明の内容がすばらしいからでしょうか?

エジソンと発明を考える

エジソンが発明家を志したのは、いったい何故でしょうか。
それはやはり「お金を稼ぎたい」という欲求が前提にあったのではないでしょうか。
エジソンは15歳の時に電信技術を習得して以降、高給取りの電信技師として活躍していたのですがそれでも生活は困窮していたようです。
幼少期から続けてきた化学実験や専門書の入手を継続的に行うためには、いくらお金があっても足りなかったのです。

エジソンの転換点

エジソンが「発明は金になる」と本当の意味で感じたのは、株式相場表示機「ティッカー」の特許が高額で売れたときではないでしょうか。最初に特許をとった電気投票記録機は、発想としては現代にも通用するものでしたが商業的には完全に失敗作でした。
一方、ティッカーの特許はエジソンの思惑を越える高値で買い取られます。この時、ティッカーを買い取った会社は4万ドルの買い取り金を現金でエジソンに渡したものの、全額小額紙幣だったのでエジソンはコートやズボンのポケットがパンパンになったというエピソードがあります。

 

名ではなく実を取れなかったエジソン

しかし、電信技師・エンジニアから発明家に転進したエジソンに待ち受けていたのは間違いなく苦難の連続でした。次々に発明を生み出していきながらも、そのすべてが巨万の富を生み出したわけではありません。時には特許を買い叩かれたり、訴訟を起こされたりもしているのです。特に、エジソン最大の功績といわれる白熱電球ではエジソンは一切得をしていないのです。自分で発電・送電システムまで揃えたにもかかわらず、長距離送電に向かない直流にこだわったことで、自分の設立した会社から追い出されているのです。エジソンにとって「発明王」「メンローパークの魔術師」という二つ名は、虚栄そのものではなかったのでしょうか。

 

エジソンが発明をやめなかったのは

それでも、エジソンは最後まで発明家をやめませんでした。世間的にはライバルといわれていたベルが、電話事業からさっさと手を引いたのとは好対照です。
エジソンは、正式な学校教育を受けることが出来なかったために、発明以外に自分の道を見つけられなかったのかもしれません。一方のベルは発明家だけでなく音声学者としても認知されており、聴覚障害者に貢献する人生を送っています。
ベルと違って、エジソンには発明しかなかったのです。だからこそ、エジソンは現在も「発明王」と呼ばれているのです。

 
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エジソンの発明に迫る

エジソンが生涯に作った発明の数は、特許取得されているものだけで1000件以上あるといわれています。日本の誇る発明家・ドクター中松は「既に3000件以上の発明をしている」と言われていますが、特許を取れているのはそのうちの600件前後であるといわれています。
ただ、ドクター中松は選挙に出馬するたびマスコミからは泡沫候補扱いされているにも関わらず毎回10万票近い投票数があるので、その点ではエジソンを上回ると考えていいでしょう。

エジソンの説く「ひらめき」とは

エジソンの残した言葉として有名な「天才(または発明)は1%のひらめきと、99%の努力である」は、エジソンにインタビューした記者による改変であると後年、エジソン自身が語っています。
エジソンは、「99%の努力は1%のひらめきがなければ無駄である」と言っているのです。エジソンの言う「ひらめき」とは、今抱えている問題解決のための糸口です。
壁にぶち当たったとき、努力だけでは乗り越えられないこともあります。ひらめきを得る事で壁を突破する方法を具体化し、実行しなければならないのです。発明とは、ひらめきを形にする作業とひらめきを得る作業によって成り立っているのです。

 

「必要は発明の母」を体現したエジソン

エジソンの発明は、「必要性を持っていること」を前提に行われているといいます。唯一の例外が蓄音機で「必要もないのに作ってしまった」とエジソンは語っています。
ドクター中松も、「発明はイキを考えなくてはならない。イキとは活きのことで、社会的な必要性だ」といっています。
エジソンは、社会や人々が必要としているものを敏感に捉え、発明に生かしていたのです。


 

メモ魔エジソン

エジソンは、極度のメモ魔であったことが知られています。そのメモの内容は発明に関することばかりではなく、アメリカンジョークや日々の生活に関する覚書など多岐に渡っています。
ひらめきをいつでも書き留められるようにメモを片時も離さない人は大勢いますが、エジソンは特にメモの重要性を確信していたといえます。このエジソンのメモの集大成は「エジソンノート」と呼ばれ、現在分析が進められていますがどこまでが現代で活用できるものなのかはまったくわかっていません。


 
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